49年の「七夕水害」の瓦礫を埋めた場所がコスモス広場に

市民大学での話・その3
 昭和49年(1974年)、7月7日に参議院選挙があり、翌日に開票が行われたのですが、その日は明け方から250ミリの集中豪雨があり、横須賀線も京急も止まり、バスも運行不能の状態となりました。「七夕水害」とも言われる平作川の氾濫があり、本市では、死者13名、家屋の全壊154戸、浸水家屋7,000戸、土砂崩れ1,564か所という甚大な被害となりました。
 市役所の職員は総出で対応、救援活動にあたりました。市では自衛隊に応援を求めたのですが、当時は自衛隊の災害応援はまだない時代で、市で民間から復旧機材を借り集め、自衛隊員に市の職員がついて救援・復旧活動にあたったそうです。
 その瓦礫を久里浜のCPC倉庫跡地や奥の谷戸に埋めたのですが、その後に土を被せ、折角だからコスモスの種を撒いたら大人気で、今のコスモス広場ができたとのことです。
 また、秋谷と葉山町にまたがる場所で大規模な土砂崩れがあり、市町をまたぐことから県が入って防災工事、工事後の土地利用計画を立てることになりました。その後の協議の中で湘南国際村構想ができ、現在に至っています。
公的施設の建設にあたっては、本市と葉山町で綱引きがあったのですが、県が仲裁して多くが葉山側につくられました。しかし、公的施設からは固定資産税が入らないことに気がついたという後日談もあったそうです。また、当初は、「紅葉坂プロジェクト」といって、県立音楽堂や県立図書館などを誘致する動きがあり、知事の意向もあって、実現しそうな気配もあったとのことです。

朝の柿の木.JPG
☆柿の木の葉が落ちて鳥がとまっていると思いきや、1枚だけ残っている葉でした。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

面白い

この記事へのコメント