人間の生命は無限で、その続いている途中が現世

 お寺での法華経の勉強会で「永遠の思想」というくだりを学びました。「人間の生命は、現世で始まり終わるものではない。生命は、無始の昔から無終の後まで続くものである」と釈尊の教えにあるのです。その続いている途中が現世であり、永い生命の一部分であるのだから、その生涯を無駄に過ごしてはならない、というのです。
 そのような気もします。体が死んだとき、心はどうなるのか、というと、経験がないから分かりませんが、心はどこかに残っている。そうでなければおかしい。というような気がします。
 目には見えないけれど、心はどこかに存在している。科学がもっと進歩したとき、やがて、それが見える日が来るかもしれません。すると、その心も、この世に無数にあるはずです。無限にある、という言い方の方が良いかもしれません。
 そう考えていくと、この宇宙も同じように思えます。宇宙のどこかに果てがあってはおかしい。もし、果てがあったなら、その場に行ったときどうなるのか、となってしまう。だから、果てがあるはずはない。無限である、ということになります。
 そんなことを考えると、今、コロナ禍で世界中が汲々としているけれど、地球の悠久の歴史の中では、ごく一部の小さなできごとであるし、宇宙全体から見たら、ホコリにもならないことであるかもしれません。
 そう考えたら、あまりクヨクヨせず、未来は永遠に続くのですから、もっと、大きな、広い心をもって、生きていく、それが大切なのではないかと思えます。

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 今朝は、今シーズンでいちばん寒く、庭の野菜や花が凍ってしまいました。

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