「社民党が分裂」、私も最初は「社会党公認」でしたが・・・

 「社民党が分裂」と報道されています。戦後日本の55年体制を担った社会党が社会民主党と名称を変え、当時結成された民主党に全体で参加する予定であったものが首相を辞した村山党首が「待った」をかけて民主党と社民党とに袂を分かち、現在に至っているものです。
 私も、最初の選挙は「社会党公認」でした。今では信じられないことですが、当時の市職労の執行部は大半が社会党員でした。だから、選挙は公認が当然のことでした。もっとも、市職労で県議会1名、市議会2名の議員がおり、最盛期には国会議員を有していたこともありました。社会党の県議会議員の1/3は自治労系で、それくらい力があったのです。
 しかし、その後の時代の変遷で労働組合全体の力量が低下し、所謂、組織内議員の数も激減しています。労働界が再編されて連合に一本化されたことも、その一因にあるかもしれませんが、高度経済成長を経て「一億総中流」と言われるようになった時点、ある程度の賃金が保障されるようになったことで経済的な満足度の高まりがあり、社会全体が大きく変容したといえるでしょう。
 その後、規制改革の流れの中で非正規労働者が増え、不景気と相まって、所得の二極分化が進み、コロナ禍でそれがさらに増幅されて、今に至っていると思えます。
 そのように考えると「社会党」当時の旧態的な役割は、すでに終えていると思います。一部にそれを残す自己満足よりも、大きく将来を見据えることの方が大切であると思えます。国民からは、今の社会に合った政党に大きく変わることが望まれているのではないでしょうか。

キバナコスモス.JPG
 キバナコスモスが1本だけ咲いています。少し遅れて苗床から芽が出たものを定植したので、今咲いているのです。

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